「No Stress!」の島から世界へ──W杯初出場カーボベルデと、哀愁の調べ「モルナ」

「No Stress!」の島から世界へ──W杯初出場カーボベルデと、哀愁の調べ「モルナ」

2026年6月、サッカーの世界地図に小さくも鮮烈な点が刻まれた。アフリカ大陸の北西沖、大西洋にぽつりと浮かぶ島国カーボベルデ(カボベルデ)が、FIFAワールドカップの舞台に初めて足を踏み入れたのだ。人口およそ52万人。日本の滋賀県ほどの面積しかないこの国が、欧州王者スペインを相手に堂々と渡り合い、世界を驚かせた。

音楽メディアである本誌があえてこの「番狂わせ」を取り上げるのには理由がある。カーボベルデという国を理解しようとすると、その入り口は必ずと言っていいほど一つの音楽にたどり着くからだ。ユネスコ無形文化遺産にも登録された、哀愁の島唄「モルナ(Morna)」である。ピッチで見せた粘り強さと、海の向こうへの想いを歌う旋律。この二つは、実は同じ根っこから生まれている。今回はサッカーの話題を入り口に、音楽を軸にしながらカーボベルデという国の魅力を紐解いていきたい。

大西洋に浮かぶ「緑の岬」──カーボベルデという国

カーボベルデ(Cape Verde)の国旗
カーボベルデ(Cape Verde)の国旗

カーボベルデは、西アフリカのセネガルから西へ数百キロ離れた大西洋上に、大小18の火山島が連なってできた群島国家だ。国名はポルトガル語で「緑の岬(Cabo Verde)」を意味する。首都は最大の島サンティアゴ島にあるプライア。公用語はポルトガル語だが、人々の日常を彩るのはアフリカとポルトガルが溶け合って生まれたクレオール語である。

この国の歴史は、15世紀の大航海時代に始まる。15世紀までは無人の状態であったが、ポルトガルの探検家によりこの群島が発見されたあと入植計画が立ち上げられ、熱帯地方における最初期のヨーロッパ人入植地となって、15世紀から1975年までポルトガル領であった。ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸のちょうど中間に位置するという地理は、しかし光と影の両面を持っていた。16世紀には、アフリカから南北アメリカ大陸へ向かう奴隷船の中継拠点となり、奴隷貿易で栄えた。

入植したポルトガル人と、アフリカから連れてこられた人々。この二つの世界が一つの島で出会い、混じり合うなかで、独自の「クレオール文化」が育まれていった。言葉も、料理も、そして音楽も、すべてがこの混血の歴史のうえに成り立っている。1975年にようやくポルトガルから独立を勝ち取り、カーボベルデ共和国として歩み始めた。

興味深いのは、この国の人口分布だ。本国で暮らす人よりも、ポルトガル、オランダ、アメリカ、セネガルなどに移り住んだ「在外カーボベルデ人」のほうが多いとされる。出稼ぎや移住によって島を離れていく──これがカーボベルデ人の宿命のように繰り返されてきた。だからこそ、彼らの心には常に「故郷を想う気持ち」が住み着いている。後で触れるモルナという音楽は、まさにこの感情そのものを音にしたものなのだ。

そんな歴史を背負いながらも、現地で暮らす人々は驚くほど穏やかでおおらかだという。挨拶代わりに交わされる合言葉が「No Stress!(ノー・ストレス)」だというのだから面白い。観光地ではスリなどへの注意は必要なものの、アフリカ諸国のなかでは比較的治安が安定しており、近年は乾いた岩山やビーチ、フォゴ島の活火山などを目当てに旅行者も増えている。国民食は、トウモロコシや豆、肉や魚をじっくり煮込んだ「カチュパ(Cachupa)」。日本人の口にも合う優しい味わいだという。

番狂わせの六月──W杯初出場、その堂々たる戦いぶり

さて、本題のサッカーである。カーボベルデのワールドカップ初出場は、決して「出場枠が48に拡大した恩恵でたまたま転がり込んだ」ものではない。

2026 FIFAワールドカップ・アフリカ予選では、中盤以降はグループDの首位を独走し、2025年10月13日にホームで行われたエスワティニ戦で3-0で勝利し、FIFAワールドカップの本大会初出場を決めた。同じ組には、ワールドカップ8回出場を誇るアフリカの強豪カメルーンがいた。その難敵を抑えての堂々たる首位通過だったのである。人口55万人に満たない国によるワールドカップ出場は、2018年大会のアイスランド代表に次ぐ、ワールドカップ史上2番目に人口の少ない国の事例とされる。

予選を通して光ったのは、徹底した堅守だった。アフリカ予選で、全10試合のうち、喫した失点数は「8」だったが、7試合でクリーンシートを記録していた。その守備の心臓となったのが、40歳のベテラン守護神、ポルトガルでプレーするGKヴォズィーニャ(ボジーニャ)だ。

そして迎えた本大会。グループHでカーボベルデが引き当てた初戦の相手は、よりにもよってEURO2024を制した世界ランキング上位の「無敵艦隊」スペインだった。下馬評は圧倒的不利。誰もがスペインの楽勝を予想した。

ところが、フタを開けてみれば──。スペインが攻め込み、カーボベルデが守勢に回る展開のなか、最後までスペインは得点を挙げることができず、0-0のスコアレスドローで試合終了。初出場のカーボベルデ代表は、強豪国相手に守り切り、貴重な勝ち点1を獲得した。40歳の守護神ヴォズィーニャはファインセーブを連発し、試合のMVPに選出された。

敗れはしなかったスペインの選手たちも、相手への賛辞を惜しまなかった。GKウナイ・シモンは「彼らが見せた守備戦術は素晴らしく、非常に強固な守備だった。正直に言って、称賛せざるを得ないよ」と語っている。FIFAランキングで格上だからといって勝てるわけではない──サッカーの本質を、この小さな島国が証明してみせた一戦だった。

勢いは止まらない。続く第2節のウルグアイ戦では、スコアレスで迎えた21分、敵陣中央で得たフリーキックをMFケビン・ピナが思い切り良く右足で振り抜き、ボールはウルグアイの壁を抜けてゴールへ吸い込まれた。これがカーボベルデ代表のワールドカップ初得点となった。一時は逆転を許したものの、意地を見せて引き分けに持ち込み、貴重な勝ち点を積み上げた。

チームの多くはヨーロッパのクラブに所属する選手たちで構成されている。現在トルコでプレーするFWライアン・メンデスは、ル・アーブルやノッティンガム・フォレストでもプレーした36歳のベテランで、カーボベルデ歴代トップの22得点を記録している。本国だけでなく、世界各地に散らばったディアスポラ(移民コミュニティ)から才能が集まり、一つの代表チームを形づくっている。これもまた、移住の歴史を背負うカーボベルデらしいチームの姿だと言えるだろう。

哀愁の島唄「モルナ」──サウダージを歌う音楽

サウダージを歌う男性
サウダージを歌う男性

ここでようやく、本誌が最も語りたいテーマに戻ろう。音楽である。

カーボベルデの文化を語るうえで欠かせないキーワードが、この国を代表する伝統音楽「モルナ(Morna)」だ。クレオール語で歌われるこの島唄は、2019年にユネスコ無形文化遺産に登録された。

モルナとは、どんな音楽なのか。故郷や家族に対する想いが歌われることが多く、奴隷貿易や植民地時代の抑圧された環境が背景にある情緒的な音楽だ。ゆったりとしたテンポ、哀愁を帯びたメロディーが特徴で、踊るための音楽というよりは、じっと耳を傾けて「感じる」ための音楽だと言われる。「Morna」という言葉は、英語の「To Mourn(深く悲しむ)」と同じ語源から来ているという説もある。

このモルナを理解するうえで欠かせないのが、ポルトガル語の「サウダージ(saudade)」という概念だ。失われたもの、手の届かないものへの、甘く切ない懐かしさ──。カーボベルデではこれが「ソダージ(sodade)」というクレオール語の形を取り、特別な重みを帯びる。海の向こうへ去っていった人々、岸からは見えるのに二度と戻れない島影、世代を超えて受け継がれてきた「離別」の歴史。サウダージはカーボベルデ人の魂の有り様そのものであり、モルナはそれを音楽として結晶させたものなのだ。

音楽的には、ヨーロッパ由来の楽器が中心となって演奏される。モルナは遅く親密で、ギター、バイオリン、カバキーニョ(小さな4弦ギター)、そして声を中心に構築される。歌詞は出発、帰還、渇望、大西洋横断といったテーマを扱う。どこかアルゼンチンタンゴを思わせる哀切な響きを持ちながら、アフリカのリズムも溶け込んでいる。まさに、この国の混血文化を音にしたような音楽だ。

ちなみにカーボベルデの音楽はモルナだけではない。アフリカの影響を強く受けたソタヴェント諸島では、バトゥーケ、フィナソン、フナナなどリズムを重視したジャンルが好まれるのに対し、ポルトガルの影響が強かったバルラヴェント諸島では、ヴァイオリンやポルトガル・ギター、カヴァキーニョを使うモルナやコラデイラのようなメロディー重視のジャンルが好まれる傾向がある。同じ群島のなかでも、島によって音楽の色合いが違うのも面白いところだ。

“裸足のディーヴァ” セザリア・エヴォラ

モルナを世界中に知らしめた立役者が、一人の女性歌手だった。セザリア・エヴォラ(Cesária Évora, 1941–2011)である。

彼女の人生そのものが、一篇のモルナのようだった。サン・ヴィセンテ島の漁村に生まれ、10歳の頃からは孤児院で育ち、島の数軒の酒場で歌い続けていた。40代にしてプロデューサーのホセ・ダ・シルヴァに見出され、1992年に「Sodade」が大ヒット。2003年にはグラミー賞を受賞するなど、”裸足のディーヴァ””モルナの女王”として、2011年に亡くなるまで世界中から愛された。

ステージにいつも裸足で立ち、合間にはタバコをくゆらせ、グラスを傾けながら歌う。飾り気のない、しかし深く沁み入る歌声。彼女が世界の表舞台に立ったのは40代後半になってからという遅咲きだったが、その声には何十年もの島の暮らしと別離の記憶が刻まれていた。アメリカのポップスター、マドンナにも影響を与えたと言われるほど、その存在は大きい。

セザリア・エヴォラの登場以降も、モルナの灯は次の世代へと受け継がれている。同じくサン・ヴィセンテ島ミンデロ出身でモルナシーンをリードしてきたテテ・アリーニョ、ブラジルやカリブ海の音楽も取り込むナンシー・ヴィエイラ、新世代のジェニフェル・ソリダーデなど、歌姫たちの系譜は今も脈々と続いている。

そしてもう一つ、日本人として知っておきたいエピソードがある。セザリア・エヴォラの故郷ミンデロの港には、1960年代頃に日本のマグロ漁船が多数寄港し、交流が生まれた。ミンデロの人々は日本人船員を温かく迎え、彼らのことを「サイコー(最高)」と呼ぶようになり、そこから『SaykoDayo(サイコーダヨ)』という歌が生まれて、今でも多くの人が口ずさめるほど親しまれている。遠く離れた島国と日本が、音楽を通じて意外なところでつながっていたのだ。

ピッチと島唄、同じ魂のかたち

こうして並べてみると、ピッチの上のカーボベルデと、モルナの調べが、不思議なほど重なって見えてくる。

世界に散らばったディアスポラから選手が集い、一つの代表チームになること。海を越えていった人々への想いを、世代を超えて歌い継ぐこと。どちらも、小さな島国が「離別」という宿命をエネルギーに変えてきた営みだ。スペイン相手に粘り強く守り抜いた11人の姿には、苦難を乗り越えてきたこの国の歴史と、サウダージを抱えながらも前を向く人々の強さが滲んでいた。

時事通信の記事は、この国の人々の心根をこう表現していた。サプライズを起こしたカボベルデの源流には「困難が好き」という気質があるのだという。哀しみを甘い旋律に変えるモルナの精神と、不利な状況をはねのけるピッチ上の闘志は、確かに同じ場所から湧き出している。

ワールドカップという世界最大の舞台で、カーボベルデは自分たちの存在を高らかに示した。その戦いに胸を打たれた人は、ぜひ一度、セザリア・エヴォラの歌うモルナに耳を傾けてみてほしい。ゆったりとした旋律の向こうに、大西洋の風と、この島国が歩んできた長い物語が聴こえてくるはずだ。試合の余韻とともに味わうモルナは、きっと格別なものになるだろう。


モルナを聴いてみよう──おすすめYouTubeリンク

文章だけでモルナの魅力を伝えるのは限界がある。ぜひ実際の音に触れてみてほしい。以下に、入門としておすすめの動画を紹介する。

セザリア・エヴォラ「Sodade」(公式ビデオ) モルナを世界的に有名にした、まさに代表曲。”ソダージ=郷愁”という、この音楽の核心がそのままタイトルになっている一曲。まずはここから。

セザリア・エヴォラ「Sodade」(Miss Perfumado 20周年盤) 彼女の名盤『Miss Perfumado』に収録されたバージョンのリマスター。澄んだ音質でじっくり味わいたい方に。

セザリア・エヴォラ「Mar É Morada De Sodade」(公式ビデオ) 「海はサウダージの住処」という意味のタイトルを持つ、海と別離をテーマにしたモルナ。映像とともに島の空気感が伝わってくる。

セザリア・エヴォラ「Sodade」ライブ in パリ(2004年) レ・グラン・レックスでのライブ映像。裸足で歌う”ディーヴァ”の佇まいと、生の歌声の説得力を体感できる。

セザリア・エヴォラ 公式YouTubeチャンネル 他の楽曲もまとめて聴きたい方は、公式チャンネルへ。アルバム単位で彼女の世界に浸れる。

Cesária Evora 公式チャンネル

https://www.youtube.com/channel/UCs5WMDtJoMaX5vIMus_cPhg

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